「ルカの巡音書」に寄せて
皆さま、ごきげんよう。マリアPです。
ボカロクラシカ・オムニバス第2弾「ルカの巡音書」をリリースすることができ、感無量です。
「ルカの巡音書(じゅんいんしょ)」とは―Vocaloidのボイスキャラクターの1つ「巡音ルカ」と、キリスト教の聖人「福音記者ルカ」の執筆による新約聖書の一篇『ルカの福音書(ふくいんしょ)』を掛けたタイトルです。
“巡”る“音”という名に因み、「音楽による、音楽の世界の巡礼記」―それが、このアルバムを貫くコンセプトです。
世界を旅する「巡礼記」のように、年代と文化圏を広く横断した、スケールの大きなオムニバスとなりました。
最も古い年代の収録曲は、今からおよそ800年前の西暦1200年頃(中世ゴシック期)に活躍したペロタン作曲のオルガヌム「アレルヤ」です。これに対して最も新しい年代の収録曲は、今からおよそ100年前の西暦1900年頃に活躍したフォーレ作曲の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」「レクイエム」や、マーラーの「復活」等であり、実に約700年という年代の幅があります。
文化圏でみれば、ノートルダム楽派(フランス)のペロタンやブルゴーニュ楽派(現・ベルギー付近)のデュファイといった中世ヨーロッパの古典音楽黎明期に始まり、イングランドとアイルランドの民謡・古曲、時あたかも栄華を誇った大航海時代スペイン帝国の作曲家ビクトリア、クラシック音楽の本家イタリアが輩出した巨人ヴィヴァルディやヴェルディなど、ヨーロッパ文化圏の広範囲に及んでいます。
そして、クラシック音楽で最もメジャーであるドイツ・オーストリアの音楽も、このアルバムにおいて大きな地位を占めています。「音楽の父」ヨハン・ゼバスティアン・バッハによる「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」等の傑作群、ウィーン古典派三大巨匠の一人モーツァルトによる「魔笛」「レクイエム」、前期ロマン派を代表するシューベルトやメンデルスゾーン、後期ロマン派を代表するブルックナーやマーラーの楽曲もその範疇に含まれます。その他、フランス革命による混乱から1世紀を経て蘇った近代フランス音楽からはフォーレ、マスネ、そしてイギリス音楽ではパーセル、ステイナー…といった幅広い作品を収録しています。
これらの多岐にわたる年代、文化圏の収録曲に一貫したテーマは“Mors et Renascentia”―「死と再生」です。宗教曲や世俗曲を問わず、年代や文化圏にとらわれない普遍的なテーマとして、この“Mors
et Renascentia”(ラテン語:モルス・エト・レナセンティア)をオムニバスのコンセプトに据えました。
DISC1は“Mors”(ラテン語で「死」)と題し、狭義のクラシック音楽の範疇にとどまらず、民族音楽や現代的シンセアレンジ曲なども幅広く含め、「巡礼紀行」の「オムニバス」らしい編成となりました。ただ、一貫して底に流れるテーマは《Memento
Mori》「死を想え」です―これは古今のあらゆる芸術に広く通底するテーマでもあります。
高らかな船鐘、満天の海の星を仰ぐ厳かな船出も束の間、死神の雄叫びのごとき「夜の女王のアリア」の嵐に見舞われますが、鎮魂ミサ曲「レクイエム」、浮き世の儚さを歌いあげるかのような哀愁深い民謡を経て、救い主の到来を待ち望みつつ、次第に安息に包まれた慰めの響きとなります。
DISC2は “Renascentia”
(ラテン語で「再生」。「ルネサンス」という文化史用語の語源でもあります)と題し、より一貫したテーマ性に基づくシナリオ構成となっています。
前半では、いわば「死と再生」の究極であり、古今多くの教会音楽の題材とされてきた「キリストの受難と復活」にテーマを絞り、J.S.バッハの二大受難曲の抜粋を中心に受難劇を展開します。この「受難と復活」の物語は、まさに「巡音書」もとい『福音書』の核心的テーマでもあります。
後半は、天上から復活と昇天を祝福する天使の歌声のように「アレルヤ」が鳴り響き、翻って現世の人間の立場から救いへ向かわんとするマーラーの「復活」を経て、ついに天から光降り注ぐような癒しに満たされたフォーレの「レクイエム」にて締めくくられます。
この2つの巡礼路が、互いに交差しつつ「死」と「再生」の物語を紡いでまいります。
オムニバスの制作にあたっては、Vocaloidによるクラシック曲カヴァー「ボカロクラシカ」における実力派の作品を世に広く流布させる一助となるべく、数多くの制作者にお声掛けしました。その結果、19人の制作者による30トラック、およそ120分という未曾有のスケールの楽曲群が2枚のCDに収まることとなりました。
この各曲の詳細情報をブックレットに掲載できず残念ですが、前頁の目次に歌詞の抜粋・要約、またはシナリオあらすじを、一行標題詩として記しました。本アルバムのテーマに沿った独自の解釈・情景付けも含まれていますが、イメージの助けになれば幸いです。興味を持たれた方は、焼き込み特典のDATAライナーノーツに全収録曲の歌詞対訳と、各参加者による解説・挨拶文を掲載しましたので、ぜひご覧下さい。
オムニバスのエクステリアの根幹を成すジャケットイラストは、pixivなどのイラストサイトで人気の高い“こみね”さんに描き下ろしていただきました。また、オムニバスのプロモーション・ビデオについては、楽曲でも参加して下さった“みくるJ”さんに制作頂きました。いずれもオムニバスのコンセプトを深くご理解の上、とても美しいイラストと動画を仕上げていただき、感激の極みです。
そして、アルバムの装丁などのエクステリア、曲順検討などのインテリアの全てにわたって腕と頭脳を振るった“triona”さんのセンスにより、素晴らしいオムニバスが出来ました。trionaさんの尽力なくしては、このオムニバスは成立していないでしょう。
また、今回の収録曲に携わってはいないものの、本作制作の上でキリスト教に対する理解の深いお立場から、コンセプト等へのご助言を頂いた“ふるるP”さんにつきましても、この場を借りて御礼申し上げます。
その他、本作の制作を見守っていただいた数々のサポーターの皆さまに、御礼申し上げます。
20人あまりの制作者各位、その他のサポーターの尽力により生み出された、ボカロクラシカ・オムニバス第2弾「ルカの巡音書」―その壮大なる音楽の旅路に、皆さまもぜひご一緒に旅立ちましょう。
2010年12月 主催 マリアP
《楽曲参加者紹介》 トラック初出順・敬称略
レオP:男声VocaloidであるKAITOをカストラートのような高音で歌わせることに定評があり、「高音の魔術師」の異名をとる。クラシック以外にも、「リナリア」(Vocaloid発祥曲)のカヴァー等、幅広い楽曲を手がける。
trionaP(トリーナ):MIDIによる古楽演奏の再現に定評があり、「古楽オケの神様」の異名を持つ。ドイツ・バロック期の合唱曲を中心とした古楽作品の他、ありぽんP、マリアPらとのコラボレーションで伴奏を手がける。
べにしだ:ルネサンス期から近代まで広い年代の合唱曲に精通し、アカペラ合唱、特に男声合唱の美しさに定評がある。Vocaloidと一緒に自ら歌うこともある「歌うP」。
ミゼレP:ヴァティカン教皇座門外不出の秘曲・アレグリの「ミゼレーレ」で一躍注目を浴び、出世作に由来する称号を贈られた。今回は、連作的に手がけるモーツァルト「レクイエム」より、待望の最新作にて参加。
みくるJ:耽美的な作風が人気のオリジナル曲を中心にリリースし、同人音楽サークル「もえ@みくる」主催。今作ではPV制作を務めたほか、自らヴァイオリンを弾いて演奏に参加。
はとまつりP:「伝説のルカマスター」の一人。ルカ発売後まもなくリリースした「スカボロー・フェア」により、一躍その地位を確立した。
Sei:「伝説のルカマスター」の一人。数多くのオリジナル曲と何作かの民謡・古典曲カヴァーを手がけ、ファンタジックな世界観と自作による愛らしいイラストも相まって、絶大な人気を誇る。
Napier(ネイピア):ニコニコ動画における“Hauptwerk”(Virtual Pipe Organ
ハウプトヴェルク―実在するパイプオルガンをサンプリングした音源)を使用したオルガン曲の第一人者。VocaloidやUTAUを使用した教会音楽等も制作。
メッサP:「メッサ・ディ・ヴォーチェ」と呼ばれる古楽唱法を生かしたVocaloid調声に定評がある。デビューからまもなく「メッサP」の称号を得て、期待の新人として注目された実力派。
聖ルカ学院合唱団:架空の学園「聖ルカ学院」が誇る合唱団。Cloudia氏による巡音ルカの合唱指導に定評があり、英語DBルカの浮遊感ある歌声が幾重にも織り成す甘美な響きが大変特徴的。
ミクナールP:Vocaloidのヴォカリーズを巧みにフルオーケストラに取り入れた作品に定評があり、「ボカロオケの魔術師」の異名を持つ。ボカロクラシカ土曜定例生放送の企画者としても有名。
クラヴィーアP:「鍵盤曲の旧約聖書」と云われるバッハの「平均律クラヴィーア曲集」全96曲を初音ミクのヴォカリーズによりカヴァーした「鉄人」。その他にも膨大な連作をコンプリートしてきた不動の実績を持つ。
小川P:バッハの「マタイ受難曲」全曲カヴァーを目指し、2008年01月以来3年越しにて地道に作り続ける名職人。Bach(ドイツ語で「小川」を意味する)に由来する称号を贈られている実力派。
TuKuRu:初音ミク黎明期から「初音ミクが本気で『約束はいらない』を歌ってくれた」等の傑作を送り出す。現在はDS-10等による作品で知られる。
るねさんすP:ビクトリア、タリス、パレストリーナ、ジョスカン・デ・プレといったルネサンス期の古典曲を多数手がけ、Vocaloid
によるルネサンス声楽の旗頭的存在。丹念に調声された崇高な合唱に定評がある。
ありぽんP:Vocaloid界
における古典調律の第一人者。初音ミク黎明期から、当時「ミクラシック」と呼ばれていたボカロクラシカを牽引した古参。従来のクラシックの枠を超えた斬新かつ正統的な編曲が特筆される。
ハツネンブルク州立歌劇場の使用人:Vocaloid
を用いた古典曲やオリジナル曲を手がける他、ボカロクラシカ作品の映像化に携わり、ボカロクラシカ有数の映像編集技術で知られる。
グスタフP:マーラーによる歌曲を中心にVocaloidによるカヴァーを数多く制作し、グスタフ・マーラーのファーストネームに由来するP名を持つ。MIDIによるオーケストラの再現にも定評がある。
マリアP(主催):代表作「初音ミクが歌うアヴェ・マリア」シリーズに因んだ称号を持つ。クラシック曲のアンビエント風アレンジの他、最近はルネサンス期のアカペラ聖楽のカヴァーを多く手がける。 |